世田谷区砧で車庫証明、相続、遺言が得意な行政書士セキュリティコンサルタントの長谷川憲司です。
今回は後見制度に関して、「親族が後見人なる場合には、本人の財産を信託する必要がある?後見制度支援信託とは?」を考えてみましょう。
【Q】私は、認知症の父のために成年後見開始の申立てをしようと準備しています。後見人には、一人っ子である私自身を候補者として推薦しようと思っていますが、先日、親族が後見人になる場合には、本人の財産を信託するよう家庭裁判所から指示を受けると聞きました。信託すると父の財産はどうなってしまうのでしょうか?また、後見人となった私は、その後、どうやって財産管理をしていくことになるのでしょうか?
【A】家庭裁判所は、後見人に対して、必要な指示を出すことができます。(民法863条2項、家事事件手続規則81条)。これを利用して平成24年2月より、家庭裁判所が、親族等の後見人には、信託銀行等へ、本人の財産を信託するよう指示を出すようになりました。これが後見制度支援信託と呼ばれるものです。
・目的
これまで、家庭裁判所は、後見人を選任する際、賃貸不動産を多数所有する等、専門職(弁護士、司法書士、社会福祉士等)としての知識や経験を生かす必要がある事案の他、多額の預貯金がある等、後見人等による不正の発生を防止する必要のある事案では、専門職を後見人に選任したり、親族後見人の後見監督人に選任する等の方法をとってきました。
しかし、適切な専門職後見人を日本全国において安定的に供給することは、現時点において困難であること、後見監督人や家庭裁判所による事後的な確認だけでは、不正を未然に防止するのは不可能であること、専門職にとっては、日常的な生活費の収支の管理、報告等の事務は負担が重すぎること、専門職後見人に対する報酬は、本人の財産の負担となってしまうこと等から、上記のような方法には自ずと限界がありました。
そこで、専門職としての知識や経験が必要とまではいえない事案においては、専門職後見人に頼ることなく、親族後見人を選任する一方、その不正を未然に防止し、安心して親族後見人のみに後見業務を任せることができるよう、被後見人の財産を守るための方策として考えられたのが後見制度支援信託です。対象となるのは成年後見案件のみであり、保佐・補助・任意後見案件は対象外とされています。
・概要
後見制度支援信託は、親族等の後見人を選任する事案において、後見人が、家庭裁判所の指示書に基づき、被後見人のために信託銀行等との間で信託契約を締結し、被後見人(委託者兼受益者)の日常生活に必要十分な金員を預貯金等として後見人の管理下に残した上で、それを超える現金、預金等は、信託銀行等(受託者)に信託するというものです。信託された財産(信託財産)は、受託者の固有財産とは分別して管理され、預金保険制度の対象でもある元本補てん付の指定金銭信託として安定的に運用されます。被後見人の死亡により信託は終了し、信託財産は被後見人の相続人が相続します。信託の費用は、信託契約によって定められます。
仮に、被後見人の年金等の収入だけでは、生計は赤字になってしまうというような場合には、信託契約において、予め赤字相当額を補うように、定期的に一定額の金員が、信託財産から後見人の管理する預貯金等の口座に振込まれるよう定め、被後見人の日常生活に支障が生じないようにしておくことができます。
その後、入所施設に入るための一時金や居宅のリフォーム費用等、まとまった金員を臨時に支払う必要が生じた場合には、信託財産を払い戻すことも可能です。また、親族後見人が管理する預貯金等に信託財産から定期的に交付される金額を増額する等の契約内容の変更や信託契約そのものの解約もできます。ただし、これらの手続は全て、事前に、家庭裁判所に対し、その必要性を説明し、それを裏付ける資料を提出するなどして、家庭裁判所の指示書の発行を受けなければすることができません。なぜなら、これは、家庭裁判所の後見事務の監督権(民法863条2項、家事事件手続規則81条)に基づき行われるからです。
後見制度支援信託そのものは、法律の定める制度ではありませんが、このように、指示書による家庭裁判所の関与により、親族後見人の不正行為を未然に防止し、本人の預貯金等を守るために考え出されたものです。平成24年2月から、これが導入されたことにより、親族後見人が、合理的理由無く、信託の利用に反対したときには、このような者を後見人に選任しても、適切かつ円滑な後見事務を期待できない恐れがあるとして、専門職が後見監督人としてつけられたり、場合によっては後見人を解任される事も起こりえます。
・信託財産の範囲
信託財産は金銭のみとされていますので、信託の対象となる財産は、基本的に現金及び預貯金等に限られます。保険の解約や不動産の売却は想定されていませんが、株式等、金融商品の売却、換金については、個別具体的事情に応じて判断されることになります。また、遺言の存在が明らかな場合には、その対象財産については、信託の対象外とするのが相当と考えられています。
・専門職の関与
かかる信託契約を締結するには、その前に本人の財産状況を踏まえて将来の生活設計を行い、それに見合った収支を予想した上で、日常生活に必要十分な財産が、後見事務を行う親族後見人の手元に存在するような信託条件を設定することが必要です。
そのため、信託契約を締結する前に、家庭裁判所がまず専門職を後見人に選任し、同後見人が専門職としての知識や経験を生かして収支の予想や信託条件の設定を行うことが予定されています。具体的には、①専門職後見人のみを選任し、信託契約締結後に親族後見人に交代するという方式(リレー方式)、②親族と共に専門職後見人を選任し、事務を分掌(親族後見人は身上監護、専門職後見人はそれ以外の事務を分掌等)して権限を行使させるが、信託契約締結後、専門職後見人のみ辞任するという方式(複数選任方式)、③親族後見人とともに専門職後見人を選任し、親族後見人が専門職後見人の監督の下、信託契約を締結し、その後専門職後見監督人が辞任するという方式が考えられます。実務上は①又は②の方法が採用されているようです。信託契約締結後は、信託銀行が信託された財産の収支の管理・報告を行い、親族後見人が信託銀行から定期的に交付される金員を含む手元預貯金等で日常的な生活費等の収支管理を行うことになります。
・後見制度支援信託が利用される事案
訴訟への対応が必要な事案や賃貸不動産を多数抱える事案では、訴訟や財産管理について専門的な知識、経験が必要とされるため、専門職を後見人に選任することが適切です。また、後見事務を任せることができる親族がいないケースや親族間に紛争があるケースでは、専門職後見人を選任するしかありません。このように専門職が後見人に選任されている事案では、信託を利用するのではなく、後見監督人を選任することで財産管理の安全性を図っています。
したがって、このような信託は、通常上記以外の、財産管理に専門的な知識、経験は必要とせず、後見事務を任せられる親族等がいるという事案において利用されることになります。本人の財産保護のためには、不正防止策を講じることなく親族等に後見事務を任せることはできる限り回避すべきであるというのが裁判所の考え方です。
とはいえ、信託できない財産が相当程度ある場合には、信託では財産保護が図れないため、そもそも信託の利用には適していません。ですから、信託の利用は、本人の財産の中心が預貯金であるような場合に限られます。また、本人の財産が少ない事案では、費用対効果の面から、信託や後見監督人の利用はもちろん専門職の関与自体も難しいと言えるでしょう。