【葬儀・墓地のトラブルQ&A】Q11 エンバーミングとその合法性

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【Q11】父は、がんを患って闘病の末亡くなりました。火葬場が混雑している時期で、すぐには火葬ができず、また元気なころの父からみるとかなり頬がこけてしまったので、葬儀社の人からエンバーミングを勧められました。これで身体も清潔に保全できるし、顔も元気だったころのようになるとのことです。どのような処置をするのか説明を受けると、遺体にメスを入れて防腐剤を注入するというのです。医者でもない人がこのような処置を行っても良いものなのでしょうか。

【POINT】
① 死体解剖保存法や死体損壊等との関係

1⃣ エンバーミングとは
⑴ 施術の内容
① 人の体は死後に腐敗が始まり、一般的に感染症が疑われる状態にあると言われています。
② 遺族や葬儀社が遺体に触れても公衆衛生上安全な状態にするとともに(防疫)、防腐液を注入して腐敗を止め(防腐)、必要があれば顔などを整えたり(修復)する施術をエンバーミングと言います。
③ 具体的には次の通りです。
ⅰ 全身の消毒及び洗浄を行う
ⅱ 口を縫合して、顔の表情を整える
ⅲ 頸部の皮膚を小切開し、皮膚の下にある動脈から防腐剤を注入し、同部位の静脈から押し出された血液を排出する。
ⅳ 腹部を1cmぐらい切開し、そこから鋼管を入れて胸腔・腹腔部に残った内容物を吸引除去し、防腐剤を注入する
ⅴ 切開した部位を縫合する
ⅵ 災害や事故などで損傷した箇所がある場合は、その修復を行う
ⅶ 再び全身を洗浄し、着替え、化粧などを施す

⑵ 歴史と背景、施術者
① そもそもエンバーミングは、キリスト教の復活思想に基づいた遺体の保全の必要性から行われてきた施術で、そのルーツはエジプトのミイラづくりに位置付けられ、北米では南北戦争の時に戦死者を故郷に運ぶため一気に普及したといわれています。
② 北欧・英国は約7割、北米では約8割の遺体に施されています。また海外へ遺体を空輸する時にも原則としてエンバーミングが求められています。
③ 米国では、葬儀関連の公的資格が二つあります。「葬儀大学」などが設置されており、医学・葬儀などの専門教育を受けて現場実習を行い、その後に連邦政府や州のライセンスの試験に合格して取得するもので、その一つはエンバーミングを施す「エンバーマー」の資格です。この資格を持った者がエンバーミングを行っています。

2⃣ エンバーミングの合法性
⑴ 日本に導入
① 日本では昭和63年にエンバーミングのサービスが開始されました。当初は日本国内において亡くなった外国人を対象にし、本国でライセンスを取得した外国人エンバーマーによって施術されていました。
② それを日本人にも導入しようという動きになって問題を抱えました。仏教の影響から火葬化が進んだ日本では、遺体保全などの習慣はありません。したがってエンバーミングに関する法律はないのです。
③ エンバーミングは誰が施術するのか、医者か葬儀業者かといったことも問題となりました。まず何が問題かというと、死体にメスを入れる行為は「死体損壊等罪」の構成要件に該当するということです。
④ ただし、違法性の阻却が認められているのが「死体解剖」です。死体にメスを入れる行為でも死体解剖として死体解剖保存法に基づいて行われる場合には、犯罪は成立しないのです。
⑤ 死体解剖保存法に「死体…の解剖及び保存並びに死因調査の適正を期することによつて公衆衛生の向上を図るとともに、医学…の教育又は研究に資することを目的とする」とあるように、この法律は、死体解剖の適正な実施を図るために、その違法性を阻却する目的で作られた法律です。
⑥ ではエンバーミングが死体解剖に当たるかですが、実は死体解剖保存法には「解剖」概念に定義規定がなく、死体にメスを入れるエンバーミングのような行為が解剖にあたるかどうかは明らかではありません。

⑵ エンバーミングと現行法
① 現行法上エンバーミングは適法か否か、厚生省(現厚生労働省)が平成3年に研究班を作り、医師法、刑法、刑事訴訟法、刑事訴訟規則、検視規則、死体取扱規則、死体解剖保存法、廃棄物処理法などと照合して検討しました。
② その報告書によると、「現行法法規に照らして違法性があるかについては、権限ある機関による公的な見解が未だ示されていない」としながらも、次の4点が確保される限りにおいて「違法性を構成するケースはないものと思われる」としました。
ⅰ 刑事訴訟法による手続が完了していること
ⅱ 死亡診断書ないし死体検案書の交付によって死因が確定していること
ⅲ 遺族の承諾があること
ⅳ 技術的にも、死者への礼節の点からも、適切におこなわれること
③ 平成6年に千葉県でエンバーミングに関する告発があり、死体損壊罪にあたるか争点となりました。千葉地検では、遺族の宗教的感情を守ることを法益とし告発を受理せず、エンバーミングは死体損壊罪にはあたらないという判断が下されました。

3⃣ エンバーミングの現状
⑴ 自主規制団体の設立
① 平成6年には葬儀業者が主体となって、エンバーミング事業者、医学博士、弁護士等から構成される日本遺体衛生保全協会が設立されました。
② エンバーミングの日本における適切な実施と普及を目的とし、死体損壊等罪に該当するようなことがないよう設備・資格等の自主基準を設け、普及と資格者の輩出に努めています。
③ エンバーミングの施術に伴って排出される廃液処理に関しては環境基準を遵守し、地方自治体の環境課への届出義務があるため自主基準を作成し、エンバーミング施設を厚生労働省や環境省へ届け出ることにしています。

⑵ エンバーマーの資格と養成
① エンバーマーは、葬儀に関する知識や医学(解剖学、組織学、公衆衛生学など)の知識が必要な専門職ですが、現在その公的な資格はなく、法的には正規の学科としては認められていない研修課程で、葬儀業界団体などによって養成・資格認定されています。
② 具体的には、日本遺体衛生保全協会の指導のもとにカリキュラムが作成され、協会によって認定を受けたエンバーマー養成カレッジで養成し、認定しています。

⑶ エンバーミングの現状
① 遺体にメスを入れる行為でその違法性を問われないのは前記の解剖だけですから、医師が行うエンバーミングであっても法に則ったものではありません。
② 関連法律がない中で、一部の心無い業者が自主規制にも従わず、廃液等を違法に扱ったとして行政機関から告発された刑事事件も起こっています。
③ こういった問題を抱えながらも、多死社会にあって、混み合う火葬待機時の遺体保全の問題や、悲嘆を和らげるグリーフワーク効果、災害時の遺体の修復など、エンバーミングを行う人は着実に増え、令和元年では、5万1034件の施術が行なわれています。