【終活・遺言・相続相談】相談例44 特定財産承継遺言と配偶者の居住権

世田谷区砧で子供のいないご夫婦、おひとり様の遺言書作成、相続手続き、戸籍収集支援、任意後見、死後事務委任に詳しい行政書士セキュリティコンサルタントの長谷川憲司です。
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【終活・遺言・相続相談】相談例44 特定財産承継遺言と配偶者居住権についての記事です。

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【相談内容】
相談者(82歳男性)から、「10年前に再婚した妻(74歳)と自宅で暮らしている。自宅は先祖代々受け継いできたので、やがては前妻との間にできた長男(50歳)に受け継がせたい。ただ、妻もほかに行く当てがない。どうすればいいだろうか」と相談を受けた。

【検討すべき点】
相続人が後妻と前妻の子というのは、相続紛争のリスクの高い組み合わせです。この例では、先祖代々の自宅をどちらに承継させるのかの問題です。板挟みになっていますので、選択肢を提供して判断を促すことになります。

【1】特定財産承継遺言

① 自宅の所有権を長男に相続させると決断しているのなら、相続開始時にもめないよう「長男に自宅を相続させる」という内容の遺言書を作成するよう勧めます(特定財産承継遺言)。
② 「特定財産承継遺言」とは、遺産の分割の方法の指定として、遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言のことで、これまでの「相続させる遺言」に相当するものです。
③平成30年改正前は、相続させる遺言の効果として相続開始時にその財産の所有権が移転するとされていましたが、改正後の特定財産承継遺言では、法定相続分を超える部分については対抗問題となり、登記が必要です。
④ したがって、所有権移転登記を確実に行うために遺言執行者を指定するよう勧めます。
⑤ しかし、長男に自宅を相続させると、妻は自宅に住み続けることができなくなるかもしれません。そこで次のような方法を検討します。

【2】配偶者居住権

① 平成30年の相続法改正により、相続開始時に配偶者が被相続人の所有建物に居住していた場合、遺産分割・遺贈・審判によって終身又は一定期間、配偶者にその建物の無償での使用収益権を認めることができることになりました(配偶者居住権)。
② 相談者の死後も妻を自宅に住まわせる場合には、「長男に自宅を相続させる」という特定財産承継遺言とともに、遺言に「妻に対し、その終身の間、自宅の居住権を遺贈する」という条項を設け、配偶者居住権を設定するように勧めます。
③ なお、注意点は次の通りです。まず、配偶者居住権は「遺贈」による必要があり、「配偶者居住権を相続させる」と記載すると無効になる危険性があります。遺贈に限られたのは、配偶者が望まない場合があると考えられたからです。また、配偶者居住権の終期についても記載する必要があります。
④ 配偶者居住権が遺贈されると、自宅の所有権は長男に帰属するので長男が固定資産税等を負担しますが、配偶者居住権は無償で行使できます。ただし、配偶者居住権が設定された「土地・建物」の相続税は、配偶者居住権の存続期間などを勘案して長男と妻が分担することになります。
⑤ 以上と同じことは負担付遺贈でも可能ですが、負担付遺贈では受遺者の義務であるのに対して、配偶者居住権は配偶者の権利として構成される点に違いがあります。

【3】配偶者短期居住権

① 平成30年の相続法改正により、相続開始時に被相続人所有建物に無償で居住していた配偶者は、遺産分割により建物の帰属が確定するまでの間又は相続開始時から6月の遅いほうまで無償で建物を使用できることになりました(配偶者短期居住権)。
② 遺言がない等の事情で遺産分割が必要になっても、妻は、相続開始から6月又は遺産分割成立までの長いほうの期間は無償で居住できることになり、前述のように、遺産分割や審判で配偶者居住権を設定できる可能性もあります。

【4】後継ぎ遺贈型受益者連続信託

① 一方、自宅を妻に相続させて妻が死亡すると、長男は(縁組をしていなければ)妻の相続人になりませんから、自宅は妻の相続人の手に渡ります。そこで、妻が死亡した場合に自動的に長男が自宅を取得する方法として、後継ぎ遺贈型受益者連続信託の利用が考えられます。
② その場合には、たとえば、相談者を委託者兼受益者、長男を受託者として信託契約を行い、相談者が死亡した場合には受益者を妻に変更し、次いで妻が亡くなった場合は、信託を終了させ、帰属権利者としての長男に自宅が渡るように設定します。
③ 配偶者居住権は相続開始時に配偶者が被相続人の所有建物に居住していた場合に限られます。そうすると、相談者が、自分の死後は遺産となる賃貸アパートの収益を配偶者に与えたいが、配偶者の死亡後はそれを長男に取得させたいと考えた場合には使えません。したがって、後継ぎ遺贈型受益者連続信託はこのような場合にも利用される可能性があります。

【終活・遺言・相続相談】相談例43 遺贈に関する相談

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【相談内容】
相談者(85歳女性)から「私には一人息子(56歳)がいるが、嫁の言いなりで私の言うことを聞かない。私が亡くなったときには自宅だけは息子に継がせるとしても、それ以外の財産は、世話になった姪(62歳)に残したい。どのような遺言書を作ればいいだろうか」と相談された。

【検討すべき点】
息子は相談者の相続人ですが、姪は相続人ではありません。したがって、姪に対する遺産の承継は遺贈になりますが、遺贈の方法については多くの問題があります。遺贈に関する知識を整理しながら、相談者の意向に適う遺言案を考えることになります。

【1】包括遺贈と特定遺贈の効果の違い

① 遺贈とは、遺言で相続人又は第三者に遺産の全部又は一部を処分することで、遺産全体の全部(全部包括遺贈)又は一部(割合的包括遺贈)を遺贈する包括遺贈と、特定の財産を遺贈する特定遺贈があります。
② 包括遺贈の受遺者(包括受遺者)は相続人と同一の権利義務を有しますが、特定遺贈の受遺者(特定受遺者)はそうではありません。そこで、包括遺贈か特定遺贈かにより、大きな違いが生じます。
③ 第一に、特定遺贈では受遺者は特定の遺産を取得するだけで原則として相続債務を承継しませんが、包括遺贈では受遺者は相続人と同じ立場に立つので、相続債務を承継します。
④ したがって、包括受遺者は、遺贈を受ける財産と承継する債務を比較したうえで、遺贈を受けるのか否かを判断しなければなりません。
⑤ 第二に、特定遺贈と包括遺贈では、放棄の方法が異なります。民法986条1項は「受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる」としていますので、特定受遺者の遺贈の放棄はこの規定によりますが、包括受遺者は相続人と同視されるため、通常の相続放棄と同じく(包括遺贈があったことを知った日から)3か月の期間内に家庭裁判所に放棄の申述をしなければならず、民法986条1項の規定は適用されません。さらに、包括受遺者が相続人でもある場合には、遺贈の放棄と相続の放棄の両方を行わなければ、相続債務から完全に逃れることができません。
⑥ 第三に、特定遺贈では、相続開始と同時に、その遺産が受遺者に帰属することになりますが、割合的包括遺贈では、相続分の指定を受けた場合と同じく、どの遺産を取得するかは決まっていませんので、他の共同相続人との間で遺産分割協議をすることになります。

【2】遺言の工夫

① こうしてみると、遺贈を受ける側(受遺者)の立場としては、包括遺贈より特定遺贈してもらった方が面倒は少なく、ありがたいことになります。したがって、遺言を考えるについても、できるだけ、特定遺贈の方法を選択するべきでしょう。
② ところが遺言の書き方によっては、それが割合的包括遺贈なのか特定遺贈なのか明らかでない場合があります。
③ 例えば相談例で「自宅は息子に相続させ、その余の財産すべてを姪に遺贈する」との遺言を作成すれば、具体的事情によりますが、特定財産を除いた財産の全部または一部を遺贈する包括遺贈になる可能性があります。
④ また、「自宅は息子に相続させ、その余の財産は全て換価のうえ債務と必要経費を控除した残額を姪に遺贈する」(清算型遺贈)と言った遺言も同様です。
⑤ したがって、相談者が包括遺贈の効果を望まず、特定遺贈の意向なのであれば、大雑把な条項を避け、遺贈する財産(不動産・預貯金等)をひとつひとつ特定して列挙するべきです。

【3】その他の注意

【3-1】遺言執行者の指定

① 遺贈では、相続人たる遺贈義務者から受遺者に対する権利移転行為が必要になりますが、相続人の協力を得られない可能性があるため、遺言執行者を指定するべきだとされます。
② 特定遺贈の場合はその通りですし、全部包括遺贈の場合も遺言執行者の指定は有益ですが、割合的包括遺贈では遺産分割を経ないと具体的な遺贈の内容が定まらないので、遺言執行者を指定しても、直ちに問題が解決できるわけではありません。
③ その意味でも、遺言書作成においては、遺言執行者指定を併用した特定遺贈が合理的だと思います。

【3-2】予備的遺言

① 受遺者が遺言者の相続開始前に先死亡した場合には、遺贈の効力はなくなります。したがって、相談者が、その場合には姪の相続人や別の受遺者に遺贈したいというのであれば、その旨、予備的遺言として残す必要があります。
② なお、受遺者が遺贈を放棄した場合、受遺者が受けるべきであったものは相続人に帰属しますので、これに備えて別段の意思表示(予備的遺言)をしておくべきかもしれません。

【3-3】遺留分の侵害

① 遺贈が遺留分を侵害していれば、包括受遺者・特定受遺者ともに遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。
② したがって、受遺者に遺留分侵害額請求される面倒を掛けたくないなら、遺言は、遺留分権利者の遺留分を侵害しない内容にとどめるべきですし、もしもの場合の遺留分侵害額請求にすみやかに対応できるよう、遺産を処分して金銭で遺贈する内容の清算型遺贈にしておくことが望ましいでしょう。

【3-4】士業の関与

① 相談例のように、たとえ遺言者の意思が明らかでも、遺言の書き方次第で包括遺贈になったり、特定遺贈になったりして、受遺者に思いがけない迷惑をかけることがあります。
② 自筆証書遺言には警戒が必要な理由の一つがここにも表れております。したがって、相談者が遺贈を希望される場合には、行政書士や弁護士に遺言書案の作成を任せていただくことをお勧めします。

【終活・遺言・相続相談】相談例42 遺言書の内容

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【相談内容】
相談者(80歳女性)から、「夫が急逝して1年たつので遺言書を書きたい。まず、世話になった私の妹(75歳)に2,000万円を遺贈し、長女(55歳)には自宅を取得させ、次女(53歳)と三女(50歳)には残りの財産を半分ずつ相続させたい。他には長男(48歳)がいるが、長男は夫の相続のときに十分にもらっているので何も相続させたくない。遺言書にはどう書けばいいのか」と相談された。

【検討すべき点】
相談者の意向ははっきりしていますが、そのまま遺言書に反映させると問題が起きる可能性も高いので、アドバイスが必要です。遺言書の内容を考える際に注意すべき点は、①遺言の内容が一義的で内容を確定できること(確定性)、②相続人たちにとってそれなりに公平であること(公平性)、③その遺言の履行が担保されていること(履行の確保)の3点だと思います。

【1】遺言の確定性

【1-1】明確性

① 遺言書の記載内容が一義的でない場合には遺言者の意思を解釈する必要が生じますが、それ自体が紛争の種になるので、解釈の余地がないようはっきりと記載するべきです。自筆証書遺言では、なおさら注意が必要です。
② 相続人に対しては通常「相続させる」と表現しますが、遺贈の意思がある場合「遺贈する」と表現します。
③ 遺贈の場合、包括遺贈なのか、特定遺贈なのか判然としない場合もあります。さらに遺言の各条項の関係が矛盾・抵触していたり、複数の読み方ができることがあるので、注意して下さい。

【1-2】相続分の指定

① 「相続分の指定」とは、遺言で共同相続人の相続分を指定することです。相談例では「次女と三女に半分ずつ」というのがこれに当たります。
② しかし、相続分の指定は、どの遺産を誰に与えるかを決めていないので、相続財産は共有状態になり、改めて遺産分割が必要になります。
③ したがって、相続人の間ですんなり遺産分割が成立しない可能性があるなら、相続分の指定はお勧めできません。この問題を回避するためには、特定財産承継遺言か清算型遺言を用いることを勧めます。
④ なお、割合的包括遺贈は、遺言で遺産の一部の割合を遺贈することですが、誰がどの遺産を取得するかが確定しないので、相続分の指定と同様の問題が生じます。

【1-3】特定財産承継遺言

① 「特定財産承継遺言」とは、遺産の分割の方法の指定として、遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言です。
② 相談例では「長女に自宅を相続させる」というのがこれに当たります。この方法では、対象財産がその相続人に帰属することが確定するので、紛争を避けるために合理的です。
③ もっとも、この場合でも、法定相続分を超える部分の取得を第三者に対抗するためには登記、登録その他の対抗要件を具備することが必要です。遺言執行者は対抗要件を具備するために必要な行為をすることができます。

【1-4】清算型遺言

① 「清算型遺言」とは、遺産を売却換価して現金化し、それを分配する内容を含んだ遺言です。
② 相談例のように「次女と三女に半分ずつ相続させる」としたのでは、なお遺産分割協議が必要ですが、現金化してその割合を分けるのなら問題は起きません。したがって、紛争を予防するために清算型遺言が多用されています。
③ ただし、清算型遺言を用いる場合には、誰が売却換価等の手続を行うのかという問題があり、その手続きを確実なものにするため、第三者の遺言執行者を指定しておくべきです。
④ また譲渡所得税についても、気を付ける必要があります。売却換価する際に不動産の名義を被相続人から相続人に代えなければ売却できません。その売却の際の名義人に、譲渡所得税が課税されますので、その課税額の負担も考慮する必要があります。

【1-5】一部遺言

① 「一部遺言」とは、遺産の一部の処分のみを定めた遺言のことです。包括条項(その他の遺産は○○が取得するとか、本書に定めていない遺産が判明した場合には、○○に相続させるといった条項)が欠けている遺言も、一部遺言になってしまう可能性があります。
② 一部遺言は多くみられ、遺言で処分を決めていない遺産については、改めて遺産分割協議が必要になります。
③ 全遺産を網羅した遺産目録を作成して、誰がどの遺産を取得するのかを決めればいいように思いますが、せめて重要な遺産は特定財産承継遺言で確定させ、残りの遺産は包括条項で処分方法を決めておくべきです。

【1-6】予備的遺言

① 「予備的遺言」とは、将来、遺言の前提条件が変化した場合(多くは受遺者の先死亡)の遺産の処分方法を決めておく遺言のことです(公証人により、補充遺言と記載されることもあります)。
② 仮に、特定財産承継遺言を利用しても、受遺者が遺言者よりも先に死亡した場合には、その遺産は宙に浮き、原則に戻って遺産分割協議が必要になります。したがって、受遺者が先に死亡した場合に、その遺産をどのように処分するかを決めておく必要があります。
③ 相談例で見ますと、遺言者の妹が先に死亡する可能性は無視できません。そもそも、妹が2,000万円の遺贈を放棄すれば、遺贈対象の2,000万円は改めて遺産分割協議が必要になります。
④ したがって、少なくとも妹への遺贈について「妹の先死亡又は遺贈放棄の場合」の処分を予備的に決めておくべきです。また、長女、次女、三女に対する相続についても、それらの子が先死亡した場合の遺産の処分方法を決めておいた方がよいでしょう。

【1-7】条件付遺言

① 遺産の処分に停止条件又は解除条件をつけた遺言もあります。予備的遺言とほぼ同じですが、公正証書遺言では予備的遺言との表題を付けないようなので、ここでは区別して、「条件付遺言」とします。
② たとえば「受遺者の結婚を条件として不動産を遺贈する」といった条項です。このような条件がありますと、相続開始時までに条件が成就していれば無条件となります。
③ しかし、相続開始時に成就・不成就が確定しなければ、混乱の原因となります。というのも、相続開始後にその条件が成就する場合も、その条項が有効になるからです。したがって、「相続開始時において結婚していれば」とか、「相続開始後1年以内に結婚すれば」というように、条件を明確にすべきです。
④ なお、「弟の面倒をみるのなら不動産を遺贈する」という内容だったとすると、条件なのか、負担付遺贈なのか遺言の解釈が問題となります。

【1-8】相続債務の承継

① さて、相続債務は法定相続分に応じて相続人が承継しますが、遺言者は、遺言により、特定の相続人にその債務を承継させることができます(相続分の指定)。
② 不動産売買の借入金債務や賃貸物件の敷金返還債務などはその不動産と密接に関連しますから、それを相続する者に承継させるべきですし、遺言にはそれを必ず記載しておくべきです。
③ しかしながら、相続債権者は、各共同相続人に対して、相続分の指定にかかわらず、法定相続分に応じて権利を行使することができますが、他方、共同相続人の一人に対しての相続分の指定(指定相続分)を承認したときは、指定相続分に従った権利しか行使できません。
④ したがって、この承認があれば、他の共同相続人は、免責的債務引受けと同じ効果を受けられます。
当然のことですが、相続債権者がこの指定相続分を承認しなかった場合、共同相続人はその法定相続分の債務を負担することになります。
⑤ なお、被相続人の医療費・施設利用費・介護費用等といった相続債務は、少額かもしれませんが、遺言で相続財産から負担すると確定した方がよいでしょう。
なお、葬儀費用も、厳密には相続債務ではありませんが、遺言で相続財産から支出すると定めておくことをお勧めします。

【2】遺言の公平性

【2-1】遺留分への配慮

① まず、相談者から推定相続人その他の者に対する生前贈与の内容を確認し、将来、遺留分侵害額請求権を行使される可能性を検討します。ここで注意すべき点は以下の3点です。
第一に、相談者は、すでに生前贈与した財産には関心がなく、積極的に生前贈与の事実を告げてくれるわけではありません。そこでこちらから積極的に生前贈与を確認する必要があります。
第二に、相談者から生前贈与の事実を確認したら、それを現有の相続財産に当てはめて、遺留分侵害額請求権行使の可能性を確認します。
第三に、現時点の試算で安心することなく、相続開始までに相続財産は変動するはずですから、相続開始時点における遺産も予想して計算する必要があります。

【2-2】一次相続の修正

① 相談例では、1年前に亡くなった夫の遺産分割の内容が不明です。仮に亡き夫の遺産分割の結果に問題があれば、相談者の相続(二次相続)では子らの利害が対立しますので、一次相続の結果も加味して、遺言の内容を決めるべきです。
② ちなみに、相談者は、長男は一次相続で十分にもらっているので、二次相続では何も相続させないとの意向ですが、そのような事情があっても、二次相続で長男の遺留分侵害額請求が否定されるものではありません。

【2-3】寄与分への配慮

① 相談例では不明ですが、相談者も子らの誰かに介護してもらうことになるかもしれませんし、その場合には寄与分が問題になることもあります。
② 寄与分とは、「共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者」がいる場合において、遺産からその者の寄与分を差し引いたものを遺産分割の対象とし、寄与者には寄与分を加えてその者の相続分とする制度ですが、「特別の寄与」や「財産の維持又は増加」の要件が厳しく、1割程度しか認められないと覚悟する必要があります。
③ 寄与分が認められにくいのであれば、介護で疲弊した相続人がある場合は、遺言でそれなりの傾斜をつけるのは当然とも思えます。

【3】履行の確保

① 遺言内容を確実に履行させるには、第三者の遺言執行者を指定するべきです。
なお、相談例では妹への遺贈がありますが、何も相続させないとしている長男の協力がなければ遺贈は履行されません。よって遺言執行者の指定は不可欠でしょう。また、清算型遺言の場合も同様です。

【4】相談者への対応

① 主に遺言の確定性について整理しましたが、あまりに説明事項が多く、「どう書けばよいか」と相談されても、30分や1時間程度ですべてに行き届いた処方箋を差し上げるのは不可能です。よって最初は問題点の指摘にとどまるでしょう。

【終活・遺言・相続相談】相談例41 自筆証書遺言書保管制度

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【相談内容】
相談者(81歳男性)から、「自筆証書遺言を役所で保管してもらえる制度ができたと聞いたので利用してみたいが、どのようなメリット・デメリットがあるのか」と相談された。

【検討すべき点】
自筆要所遺言書保管制度は、令和2年7月10日からスタートした制度で、自筆証書遺言の原本を法務局(遺言書保管所)で預かる方法です。費用が安価で、公証役場との打ち合わせや検認手続きがいらない等のメリットがありますが、公正証書遺言を選択した方がよい場合もあります。

【1】遺言書保安制度の概要

① 遺言書保管制度は、法務局における遺言書の保管等に関する法律によって創設されました。詳細な手続の説明は法務省や法務局のホームページをご覧ください。
② 大まかにいえば、作成した自筆証書遺言を封入しないまま遺言書保管所(法務局)に持参し、本人にまちがいないことを証明し、手数料3,900円を払って、これを預ける制度です。
③ 遺言者が亡くなった場合には、相続人らは、法務局に対して遺言書の有無を照会し、その結果については遺言書保管事実証明書の交付を受け、さらに、遺言書が保管されていた場合には、その内容を確認できる遺言書情報証明書の交付を受けます。
④ 遺言による不動産の相続登記や預貯金の解約手続きは、この遺言書情報証明書で行うことができます。

【2】他の遺言方法との比較

① 保管制度を利用しない自筆証書遺言の場合、証人は不要、形式・内容の確認はなされず、作成費用は無料、保管方法は遺言者自身の保管、紛失・隠匿・偽造のリスクはあり、発見できないケースがあり、検認手続きは必要で、相続人や受遺者への通知制度はありません。
② 保管制度を利用した自筆証書遺言の場合、証人は不要、形式の確認がなされ、手数料は3900円要し、遺言書保管所(法務局)が保管、紛失・隠匿・偽造のリスクはなく、遺言書の検索が可能、検認手続きは不要、相続人・受遺者への通知制度があります。
③ 公正証書遺言の場合、証人は2人必要、形式・内容の確認がなされ、公証人手数料が発生、公証役場で保管、紛失・隠匿・偽造のリスクはなく、遺言書の検索が可能、検認手続きh亜不要、相続人・受遺者への通知制度はありません。
④ 保管所保管の自筆証書遺言と公正証書を比べてみると、前者の方が作成は簡単で費用も安く済みますが、遺言書保管所の保管官は自筆証書遺言の形式要件を確認するだけで、その内容の適否には立ち入りません。したがって、遺言の内容が複雑な場合や、相続人間に厳しい対立があり、遺言無効などが予想されるような場合や、遺言書保管所へ自ら出向き、本人が手続きをすることができない場合は、公正証書遺言をお勧めします(公証人は遺言者の居所に出張してくれる)。

【3】相続人等への通知

① 特定財産承継遺言によって相続登記の名義変更手続きを行う場合、保管制度を利用しない自筆証書遺言では検認手続きが必要で、相続人全員に検認の審判期日を知らせる通知が送られます。
② 保管制度を利用した自筆証書遺言でも、相続人、遺言書に記載されている受遺者、遺言執行者等(これらを合わせて「関係相続人等」といいます)に対する関係遺言書保管通知や、あらかじめ指定された関係相続人等の1名に対する死亡時の通知によって、相続人全員に遺言があることが明らかになります。
③ これに対して、公正証書遺言で特定財産承継遺言を行い、かつ、遺言執行者を指定しなかった場合は、遺言執行者から相続人に対する遺言内容の通知や財産目録の交付の手続がないので、他の相続人が被相続人の死亡や遺言の存在を知らないうちに、受遺者たる相続人によって相続手続きが行われることがあります。

[終活・遺言・相続相談]相談例40 公正証書遺言

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【終活・遺言・相続相談】相談例40 公正証書遺言についての記事です。

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【相談内容】
遺言をしたいという相談者に公正証書遺言の方法を勧めたところ、「では、公証役場に行って相談すればいいんですね」と言われた。

【検討すべき点】
公正証書遺言をお勧めすると、まっすぐ公証役場に行けばいいんだと勘違いされる方がいます。もちろん公証役場でも簡単な相談には応じるでしょうが、認証機関ですから手取り足取りとはいきません。相談者が希望を明らかにし、士業が様々な要因を検討して遺言書の案文を作成し、公証人が確認するという三段階で遺言書を作成すべきことをうまく説明する必要があります。

【1】遺言の重要性

① 世間では遺言書は簡単に作成できると考えられています。自筆証書遺言が認められているのですから、あながち間違いではありません。
② しかし、遺言書は数千万円から数億円にも及ぶ遺産の最終処分を決める文書ですし、長期間経過後にはじめて発効し、その処分に対して大きな利害関係を持つ複数の相続人がいて、遺言書に不備や不都合があった場合には、血で血を洗う親族間の紛争になります。
③ したがって「遺言書は簡単作れるが、良い遺言書を作ることは難しい」ことを、相談者に理解していただくことが肝要です。

【2】公証役場の性格

① 公証役場は、公正証書の作成、私文書の認証、確定日付の付与等を行う役場(認証機関)であり、全国約300か所に設置されています。
② 公証人は、独立採算制で、公証人法によって任命され、証明や認証の業務に当たります。もっとも、公証人には、刑事畑の元裁判官や元検察官も多く、必ずしも、家庭裁判所で相続関連の事件を扱っていたという経験があるわけではありません。
③ これに対して、遺言・相続を専門としている弁護士や行政書士は、日常的に遺言・相続に関する相談を受けて経験を積んでいます。ですので、相談者の意思の確実な実現とリスクヘッジを両立させる内容の遺言書を作成するためには最も適しているはずです。

【3】士業に遺言書作成を依頼する意味

① 公正証書遺言は公証役場に相談して作ってもらえれば足りるはずだという相談者の考えは、遺言書は自分でも作成できるのだから大して難しい作業ではない、公証役場の公証人が遺言書案を考えてくれるのなら手間も省ける、公証人(お上)が作るので安全だという感覚によるものと思われます。
② しかし、公正証書遺言を作成する場合でも、公証人が遺言能力を認定するわけではないので、遺言無効となる場合もありますし、公証人は特別受益等の事情も確認しませんので、相続開始後に遺留分侵害額請求を受けるといったリスクは考慮されません。
③ したがって、漠然と公正証書遺言なら安全だと考えるのは早計ですし、公証人自身が遺言書案を起案する立場でもないことを説明して、士業に遺言書作成を任せるように勧めます。

【4】遺言書作成費用

① 士業を経由せず、公証役場に相談しようという相談者には、士業の費用は高いはずだし、払いたくないという気持ちがあります。
② 弁護士にお願いする費用は各事務所で提示する金額になります。しかしほとんどの弁護士事務所では、旧日本弁護士連合会報酬等基準によっているところが多いのが実態です。それによれば、定型の遺言書の場合、10万円から20万円、非定型の場合、経済的利益の額によって金額が異なり、例えば、遺産総額が4000万円の場合の非定型遺言書案作成弁護士費用は、53万円になります。
③ 一方行政書士事務所では、遺産額にかかわらず、定額でご提示するケースが多く、その金額も10万円から20万円の間がほとんどです。
④ 銀行等の「遺言信託」という公正証書遺言書案作成と公証役場との調整、及び遺言執行者就任のサービスを提供する商品の場合、基本価格が50万円以上で遺言執行費用は財産額に応じてとするケースがほとんどです。
⑤ 公正証書作成費用も必要になります。こちらは公証人手数料令で定められており、遺産と法律行為の数に応じて金額が決まるようになっております。日本公証人連合会のHPに金額積算根拠が明示されています。

【5】公正証書遺言作成の方法

① 遺言者から相続関係者の構成、遺産の内容、遺言者の希望を聞き取り、遺言書案を作成します。この時点で遺言者及び関係者の戸籍・住民票・不動産登記事項証明、固定資産評価証明等を取り寄せ、預貯金通帳等により、遺産の額を確認します。
② 遺言書案が固まれば、戸籍、不動産登記事項証明、固定資産評価証明書などとともに、公証人に送付し意見を求めます。登記手続きに不安がある場合は司法書士にも確認します。
③ 公証人と遺言書原案を基に内容を検討し、遺言書の内容を固め、遺言者の了承を取り付けます。
④ 公証人と日程調整をして、遺言者と証人とともに公証役場に出頭する日時を決めます(公証人に出張していただく場合もあります)。
⑤ 約束の日に、遺言者、証人とともに公証役場に出頭します。公証役場では印鑑証明書と実印などを使用して本人確認が行われます。
⑥ 遺言者から遺言内容の口授を受け、公証人が遺言書の読み合わせをして、内容に間違いがないかを確認します。
⑦ 間違いがなければ、公正証書遺言の原本に遺言者と証人が署名捺印をし、公証人が署名捺印した上で、正本と謄本を受け取ります。その場で公証人手数料を支払います。

【終活・遺言・相続相談】相談例39 自筆証書遺言

世田谷区砧で子供のいないご夫婦、おひとり様の遺言書作成、相続手続き、戸籍収集支援、任意後見、死後事務委任に詳しい行政書士セキュリティコンサルタントの長谷川憲司です。
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【終活・遺言・相続相談】相談例39 自筆証書遺言についての記事です。

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【相談内容】
相談者(77歳男性)から、便箋に鉛筆で書いた自筆証書遺言の案を見せられ、「市販の指南書を手掛かりに、このとおり遺言書を書いてみた。これでよければ清書するが、問題があれば教えて欲しい」と相談された。

【検討すべき点】
このようなケースの相談も良く見受けられます。相談者の中には自信満々の方もいらっしゃり、どこから指摘するか迷う程の場合もありますが、遺言の方法に関しては、自筆証書遺言の短所を説明して、公正証書遺言を勧め、自筆証書遺言に固執されるなら、自筆証書遺言書保管制度を利用するように勧めます。短時間ですべてを説明することは難しいので、遺言内容は要点のみを指摘し、失礼の無いように再考を促します。

【1】自筆証書遺言の形式的要件の確認

① 民法968条による自筆証書遺言の形式的要件(全文自書・日付・署名・捺印)や相続財産目録の添付方法や加除等の変更について説明し、持参された遺言書案が無効にならないかを確認します。
② なお、指南書を手掛かりに遺言書を書くほどの方ならば、遺言能力は問題ないでしょう。

【2】自筆証書遺言の短所の説明

① 自分一人で作成するため、形式的要件を誤解したり、書き損じると、遺言が無効になってしまう。
② 内容についてもチェックしてくれる人がいないので、必要なことを書き漏らしたり、矛盾する内容だったり、意味が明確でない遺言書となったりすると、思い通りの効果を得られない。
③ いったん書いた遺言書を誰かに偽造、変造、隠匿される危険性がある。
④ ③の危険性を避けようと思えば、隠して保管する必要があるが、そうすると相続開始後に発見されない(あるいは発見が遅れる)可能性がある。
⑤ 検認手続きに1~2か月の時間を要する。特に、封印した遺言書は検認まで内容を知ることができないので(民法1004条3項)、相続手続きの初動が遅れる。

【3】自筆証書遺言が好まれる理由

① 後期高齢者(75歳以上)を対象にした平成29年度の法務省調査によれば、「遺言書を作成したことがある」と答えた方(11.4%)のうち、自筆証書遺言は6.4%、公正証書遺言は5.0%でした。
② また、同じ調査で、「作成したい」と回答した方(38%)のうち、自筆証書遺言を選ぶ方が25.3%、公正証書遺言を選ぶ方が12.7%でした。
③ つまり、現実には、公正証書遺言より自筆証書遺言を選択したいと考えている方が多いわけで、この事情を踏まえて、自筆証書遺言保管制度が創設されました。
④ 自筆証書遺言に根強い人気があるのは、自分だけで手軽に作成できる、費用がかからない、極めて私的なことなので誰かにとやかくいわれたくない、家族にも知られずに作成できるといったことが理由と思われます。最近では、指南書の類が多く出版されていることも一役買っているのでしょう。
⑤ したがって、「自分で書いてみた」という自筆証書遺言案を持ち込まれる方に対しては、無理に公正証書遺言を勧めるのではなく、自筆証書遺言保管制度の利用を紹介した方がよいと思われます。

【4】遺言の指南書

① 一般向けの遺言の指南書としては、遺言書キットやエンディングノートがあります。
② 遺言書キットは、自筆証書遺言の書き方を指南した冊子と、遺言用便箋、封筒、台紙をセットにしたもので(書籍と文具の双方の性格を持つようです)、今では、多くの会社から類似の商品が販売されております。
③ 指南の内容は典型的な数例を挙げているだけですので、一般の方が、これを参考にして、個別の事案にカスタマイズすることは容易ではありません。
④ 上記の特徴からすると、これらの指南書を利用して「書いてみた」という遺言書案については、相談者の意図や想いが正確に反映されていない可能性があります。

【5】内容に関するチェックポイント

① 相談者が持参された遺言書案については、形式的要件のほか、以下の点を確認します。
1. 遺言者の意思は明確になっているか(遺言者の意思解釈が問題にならないか)
2. 「相続させる」「遺贈する」「取得させる」等の使い方は適切か
3. 特定財産承継遺言(民法1041条2項)なら、その財産は特定されているか
4. 相続分の指定になっていないか。なっていれば遺産分割協議を容認する趣旨か
5. 一部遺言ではないか、包括条項が記載されているか
6. 将来の変化に対応した予備的遺言(条件付遺言)は必要ないか
7. 遺言執行者の指定と権限の内容
8. 相続債務や葬儀費用等について配慮されているか
9. 遺留分権利者の遺留分を侵害する可能性はあるか
10. 相続人の気持ちを逆なでする記載がないか
② もっとも、法律相談で問題を発見してもそのすべてを正確に説明する時間はないでしょうし、相談者の方も、短時間での指南を咀嚼して理解することは困難です。
③ 相談を受ける士業としては、「ここも違う」「この表現は問題になる」など、粗さがしのようになり安い場面ですが、相談者の気持ちを損ねないよう配慮しながら、的確に問題点を指摘するにとどめ、それでも迷うようであれば、有料の相談で時間を十分に取りお越しいただくように勧めるべきです。

【終活・遺言・相続相談】相談例38 遺言書を書かせたい相談

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【相談内容】
相談者(55歳男性)から「弟(53歳)と仲が悪いので、将来、相続でもめることは避けられない。今のうちに父(80歳)に遺言書を書かせたいのだが、なかなか書いてくれない。頑固な父に何とか遺言書を書かせる方法はないか」と相談された。

【検討すべき点】
父親に無理に遺言書を書かせるわけにはいきません。どうすれば父がその気になってくれるかです。このような場合には、父親の立場に立って、何が不安で、なぜ遺言書を書こうとしないのか、その理由を考えていくしかありません。「専門家から遺言書を書くように説得してくれ」という依頼を受けることもありますが、遺言書の有効性などを説明することはできますが、説得はしません。

【1】高齢者の立場

① 父親が遺言を書いてくれないという場合、いくつかの原因が考えられます。第一は、父親が認知症等で事理弁識能力がなく、相談者が頼んでいる内容が理解できない場合です。これは遺言能力の問題で、そもそも遺言書の作成は不可能です。
② 第二は、父親に判断能力があり、相談者が遺言書を書いてくれと頼んでいることは理解しているものの、相談者の言いなりに遺言書を作成したのでは、次男に申し訳ないと思い、作成していないケースです。この場合、次男とともに二人で、遺言書を作成するようにお願いすれば、父親が遺言書を書いてくれるかもしれません。
③ 第三は、父親には判断能力があり、相談者が遺言書を書いてくれと頼んでいることは理解しているものの、いったん遺言書を書いてしまうと、子らが言うことを聞かなくなり、施設に放り込まれるのではないか、蔑ろにされるのではないかという不安から遺言書の作成を拒否しているケースです。高齢者からすれば、財産の処分は自分に残された最後のカードであり、それを奪われたくないという気持ちがあるのは自然なことです。

【2】説得の方法

① 父親の内心まではわかりませんが、上記の三つのケースが多いように感じます。そうした場合に高齢者に遺言書を書いてもらうためには、どうしたらいいのでしょうか。
② 相談者からストレートに、「相続紛争のリスクが高いから遺言書を書いて欲しい」という頼み方があります。しかし、それは、相続人の都合であって、父親に何らメリットはありません。
③ 次に「相続紛争になれば、多額の相続税を払うことになる」という理屈も、その時にはこの世にいない父親には響きません。「早く書かないとボケるから」というのは逆効果です。
④ さらに、弟の非をあげつらい、相談者の希望する内容の遺言書を書くように頼んでも、父親は「考えておく」と言った反応でしょう。
⑤ であれば、できるだけ父親の話し相手になって、父親に感謝の気持ちを表し、父親の不安を一つずつ払しょくしていくしかないと思います。
⑥ 例えば、老後の資金は十分だし、いざとなれば自分が助けるとか、介護が必要になった場合はどのように対応するとかいった具体的な生活設計を説明し、対価を求めず、入通院の付き添いや買い物などの世話をしていくうちに、父親も少しずつ心を開いてくれるかもしれません。
⑦ なお、昭和生まれの高齢者は横並びの意識が強いので、統計が助けになるかもしれません。平成30年の公正証書遺言作成件数は110,471件で、令和元年の遺言書検認審判事件の新受件数は18,625件でした。二者を単純に合計して論じるのは適切ではないかもしれませんが、最近では、約15万人以上が遺言書を作成していると言われます。

【3】周囲を翻弄する高齢者

① 一方、遺言書を書くといって推定相続人の子どもたちを呼び集め、御託を並べてはみるものの、結局遺言書を書かないという高齢者もおられます。
② 本人はいたって真面目に「誰に何を相続させるか、大所高所から真剣に考えている。みんなの意見を聴きたい」とおっしゃるのですが、はたから見ていると、高齢者特有の良くあるパフォーマンスにしか見えません。
③ つまり、子どもたちの忠誠心を試し、「最後まで自分を大切にした者を優遇してやる」という行動にしか見えないのです。このような高齢者は、むしろ遺言書の内容を確定したくないので、劇的な変化がなければ、どこまでいっても遺言の内容は確定しません。
④ これも相続紛争のよくある原因ですので、士業が高齢者本人から相談を受けた場合には、やんわりとになりますが、たしなめることになります。
⑤ もっとも相続人の立場では踏み込むことができませんので、原則通り、父親が自発的に遺言書を書こうと思うような、行動をとるしかありません。遠回りのようですが、父親に寄り添い、世話をして、心を開いてもらうしかありません。

【終活・遺言・相続相談】相談例37 遺言能力

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【相談内容】
相談者(55歳女性)から、「母(83歳)は物忘れがあって認知症の診断を受け、昨年から要介護2で施設に入所している。母の相続で弟(50歳)ともめたくないので遺言書を書いて欲しいが、認知症だと遺言書はかけないのだろうか」と相談された。

【検討すべき点】
認知症と言っても様々な程度があり、直ちに遺言能力を失うわけではありません。したがって、相談者の母の状況を詳しく聞いて、遺言が可能かどうか考えます。確定的なことはいえませんし、相続開始後に遺言の効力を争われることもありますから、争われない遺言書を作成するための工夫も必要です。

【1】遺言能力

① 「遺言能力」とは、一般に、物事に対する一応の判断力(誰に何を相続させるのか理解していること)を持っている状態で、遺言をするには遺言能力が必要です。
② 言動がしっかりしている場合は遺言能力を意識することはありませんし、意思表示がきわめて困難なら遺言書の作成は無理だと指摘します。
③ しかし、遺言者が認知症でその中間にある場合は、遺言能力がなかったとして遺言無効を争われる可能性があると考えておくべきです。
④ 遺言の有効性が問題になったときは、認知症の程度、遺言書作成時の状況、遺言書作成に至る過程などを総合的に勘案して遺言能力の有無が判断されます。
⑤ その判断はいつも事後的です。そこで、相談者に対しては、認知症の診断を受けている母が遺言書を書く際には、何に注意すべきかを説明することになります。

【2】遺言書作成の準備

① 日常生活では、遺言者の生活や介護の状況をビデオ撮影したり、介護日記などに記録するよう勧めます。
② ちなみに、他の相続人から、「母がこんな遺言書を書くはずがない」などと指摘されることがありますが、ビデオや録音などで遺言者が普段から繰り返して同じ趣旨のことを言っていたことが明らかなら、そうしたトラブルを招くこともありません。
③ かかりつけ医に対しては、遺言者の様子や言動をカルテに記載してもらうよう頼みます。長谷川式簡易知能評価スケール等の検査を実施してもらうことも重要です。
④ そして、かかりつけ医から「遺言は書けると思います」といった言葉がもらえるなら、その旨を記載した診断書を作成してもらうべきでしょう。医師がその診断書を書いても遺言能力があると確定できるわけではないのですが、重要な証拠になります。
⑤ なお、長谷川式簡易知能評価スケールは30点満点で20点以下で認知症の可能性が高いと言われ、10点以下では高度認知症の可能性が高いと言われています。なお、アルツハイマー型認知症でも遺言書作成時にはしっかりしている方もおられ、例外的ですが、長谷川式簡易知能評価スケールで10点以下(4点)でも、看護師との会話などの状況から遺言能力ありとされた判例(京都地判H13.10.10、東京地判H17.3.29)もあります。

【3】遺言書の作成

① 実際に遺言書を作成する場合について、遺言書の種類としては公正証書遺言を勧めます。公正証書遺言は証人2人の同席のもとで公証人が作成しますので、後日、遺言の有効性を争われる可能性が低くなりますし、形式的有効性も担保できます。
② 相談例でみると、要介護2とのことですので、公証役場へ出かけることは出来そうですし、公証役場に行けば、遺言者も気が張って、しっかり受け答えできることもあるでしょう(もちろん公証人に出張してもらうことも可能です)。
③ 次に、遺言の内容についてですが、認知症がある遺言者でも無理なく理解できる程度の簡単なもの(そしてできるだけ全相続人に公平なもの)に留めておくべきでしょう。その意味で複雑な内容を含む、予備的遺言や節税対策を施した上で各相続人や受遺者別に細かく財産を相続(遺贈)させる内容はお薦めできません。
④ そして、公証役場に出発するときの状況や公証役場での様子は、ビデオで撮影することを勧めます。なお、相談例では、介護認定の際の認定調査票や主治医意見書も資料となりますが、これらの資料は遺言能力の判断を目的にしたものではないので、それだけで決定的な意味を持つわけではありません。

【終活・遺言・相続相談】相談例36 遺言の時期

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【相談内容】
相談者(61歳女性)から、「先日、親しくしていた友人(63歳)が脳出血で亡くなり、ショックだった。私も万一に備えて、長男(33歳)、次男(27歳)、三男(25歳)に遺産分けをする遺言書を作成しておきたい」と相談された。

【検討すべき点】
高齢になってからの遺言では、遺言能力が疑われ、遺言無効の訴訟を招くこともあります。ですので、「遺言書は早目にかいておくべきだ」と言われますが、若ければ若いほど良いというわけでもありません。と申しますのも、遺言書作成後相続開始までの期間が長すぎると、その間の状況変化に対応するため複雑な条件を付けた予備的遺言が必要となる場合があるからです。

【1】早すぎる遺言

① 相談者(61歳女性)の平均余命は28.25年です。そこで28年後、相談者が89歳で亡くなると仮定すると、その時長男は61歳、次男は55歳、三男は53歳になっています。
② しかしその28年の間に、3人の子は、就職・転職・事業の成功・失敗・結婚・離婚・出産・育児・自宅の購入などのイベントを経験していることでしょう。
③ もしかしたら、どなたかが不慮の事故で早世しているかもしれません。また、相談者も大病を患い、介護が必要となり、遺産が目減りしているかもしれません。
④ 一方、女性の健康寿命は75歳で、認知症も60歳代ではほとんど認められません。したがって、相談例の場合は、大病の前兆があるなどの事情がない限り、遺言を急ぐ必要はないと言ってもよいでしょう。
⑤ しかし、相談者は不安を抱えておられる様子です。遺言書を作成することにより、その不安を取り除けるのであれば、遺言書の作成をためらう必要はありません。
⑥ もっとも、遺言書作成後、相続開始までの間に相当期間が経過するでしょうから、特に相続人や遺産の変化については条件分けが必要になります(予備的遺言)。

【2】急ぐべき遺言

① 一方、高齢者の場合には遺言を急ぐ必要があります。見たところお元気そうでも、遺言書の作成をためらったり、内容にこだわりすぎているうちに相談者が他界し、「あの時遺言を作成しておけば」と後悔することがあります。
② また、一命をとりとめたとしても、事故や心疾患、脳血管性疾患の後遺症で、遺言能力を失うこともあります。
③ したがって、高齢者からの遺言の相談では、さりげなく相談者の健康状態を伺い、その危険を判断すべきです。その結果あまり時間がない可能性があると思われるときには、財産の特定や条件分けの検討に時間をかけることなく、遺言書を作成すべきでしょう。
④ このような場合、完璧な遺言書に固執する必要はありませんし、公証人との打ち合わせが待てない場合には、とりあえず自筆証書遺言を書いていただくことを勧めます。
⑤ なお、遺言者が病床にあり、かつ、切迫している場合で、自筆証書遺言の要件を充足できないならば、危急時遺言を検討します。
⑥ 危急時遺言では、3名以上の証人の立会いや遺言の日から20日以内に家庭裁判所による確認が必要になるなどの要件があります(民法976条)。

【終活・遺言・相続相談】相談例35 遺言の要否

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【相談内容】
相談者(78歳男性)から、「もし私が死んだら、相続人は「妻(60歳)と、離婚した前妻との間に出来た長男(50歳)の2人になる。2人は仲も良いし、大した財産もないので、大丈夫だと思うが、それでも遺言書を作っておくべきなのか」と相談を受けた。

【検討すべき点】
遺言を残すべきケースと残さなくても良いケースがあります。後妻と前妻の子が共同相続人になる場合は、遺言が必要となる代表例です。両者が表面的に上手くいっているように見える場合でも、遺言書を作成するようお勧めします。

【1】後妻と前妻の子

① 後妻(及びその子)と前妻の子が相続人の場合の遺産分割は高確率でもめます。と申しますのも、多くの場合両者は没交渉で、とても話合いができるような関係にないからです。
② とりわけ後妻が前妻との離婚原因に関与していた場合(不倫、略奪婚)や、被相続人が高齢になってから再婚した場合(財産目的と思われる場合)には、前妻の子は、後妻に対して、極めて厳しい感情を抱きます。
③ そこで、現在の妻とどのようにして結婚に至ったのか、その結婚について長男の同意を得ていたのかといった事情まで相談者にお聞きすることになります。
④ 後妻と前妻の子の間に波風が立ったことがなくても、例えば、相談者がワンマンの会社経営者だったりすれば、2人とも相談者の機嫌を損ねたくないため、表面上は仲良くやっているのかもしれません。しかし、そうであれば相談者がいなくなれば、不仲が表面化するでしょう。
⑤ したがって、後妻と前妻の子の関係は、それ自体がリスク因子ですから、共同相続人のためにも、遺言を勧めます。

【2】大した財産がない

① 相談で遺言を勧めたときに、「私には大した財産がないから」と言われることは多くあります。
② 相談者が謙遜されている可能性もありますが、多くは、はじめての経験に対する警戒や逡巡があるからではないかと思います(大した財産はないと言いながら、数千万円の財産があることがほとんどです)。
③ それに、遺産が数十万円、数百万円でも争族(相続紛争)になることはありますし、そもそも紛争になるかどうかは、遺産の額ではなく、むしろ共同相続人の感情や生活状態によるところが大きいので、遺産が少なければ紛争にならないということにはなりません。
④ 尻込みしている相談者を理屈で説得しようとしても、納得してもらえなければ意味はありません。この相談者は迷っておられるのだなと、考えて、財産額の話は追及しないほうがよいと思います(資産の多寡に関する評価や受け止め方は、個人差が大きい事柄です)。

【3】遺言が必要な類型

① 後妻と前妻の子というパターン以外にも、特に遺言をお勧めする類型があります。第一に、子のいない夫婦の場合、一方配偶者(被相続人)が死亡すると他方配偶者のほかに兄弟姉妹(又は甥・姪)が相続人として舞台に登場します。
② しかし、他方、配偶者と被相続人の兄弟姉妹や甥・姪は、もともと疎遠であることが珍しくなく、ときには面識すらない疎遠な者同士で遺産分割協議することは甚だやりにくいものですから、遺言を残すべきです。
③ 第二に、内縁の夫婦の場合、ほかに一人でも相続人がいれば、内縁の配偶者には何も残りません。したがって、相続開始後の内縁配偶者の生活を守りたいと言うならば、そしてそのために生前贈与を選択しないならば、遺言書は必要不可欠です(配偶者居住権も内縁の配偶者には適用されません)。
④ 第三に、婚外子や半血の兄弟姉妹がいる場合は、相続人の間に信頼関係がないことが多いと思われます。そうすると感情的なもつれが生じやすいので、遺言が必要です。
⑤ 第四に、、養子縁組をしている場合、実子と養子の間でもめることが少なくありません。特に、被相続人が養子縁組をしたことを実子に知らせていないケースでは、「なぜ君がここに座っているのか」というところから話が始まります。
⑥ 第五に、共同相続人の中に、高齢で意思能力に問題があったり、海外在住している者がいたり、音信不通(行方不明)の方がいる場合は、すぐに遺産分割協議が行なえないため、円滑に相続手続きを行うためには遺言書が不可欠ですし、あわせて遺言執行者も指定しておくべきです。
⑦ 第六に、すでに相続人同士が反目している場合や、相続人間で不公平が生じやすい場合には、遺言が必要です。たとえば、相続人の内、一人だけが被相続人を介護している場合(寄与分)、相続税対策によってすでに推定相続人間に不均衡が生じている場合(特別受益)、遺産の評価が問題になったり、遺産を分配しにくい場合(自宅不動産や自社株式など)、賃貸不動産の承継、負債の承継などが絡む場合などは、迅速かつ円満な遺産分割を期待できませんから、遺言が必要でしょう。

【4】遺言が不要なケース

① これに対して、親一人子一人の家族構成ならば、親の財産はそのまま一人の子に相続されるので、基本的に遺言は不要です。両親と子一人の家族構成の場合も、やがては子が両親の財産を承継するので、格別の事情がない限り、遺言は不要です。
② これに対して、子が複数の場合は、争族の可能性はないと言い切れる場合は別ですが、原則として遺言をお勧めします。
③ なお、若くして遺言を作成された場合、その後の人生の状況に変化が生じ、その都度、遺言内容の見直しや場合によっては、新たに作成することが必要になってきます。

【5】相談者に対するアドバイス

① 相談例ですが、家庭の内情は不明ですし、遺言書作成について必ずしも積極的ではありません。ただし、後妻と前妻の子のケースでは遺言書を書いていただくべき典型例ですので、相談者のご家庭の事情をよく伺いながら、これから先に起こるであろうことを一緒に想像し、遺言で何ができるのかを説明することになります。
② 相談者は今のままで何不自由ないかもしれませんが、遺言を残すことは、妻のためにも子のためになもなることを理解してもらえればと思います。また、妻と前妻の子の直接対立を避けるために、遺言執行者の指定を勧めるべきではないでしょうか。